ラベル チェンバロ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
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4.1.22

音への解放感

 



申し遅れましたが、


ご覧くださる皆さま、新年おめでとうございます。


良いお年を迎えられましたでしょうか。


華やかに。

D・スカルラッテイK61。


早速ですが、

YoutubeにUP致しました。


私を、チェンバロの世界に導いてくれたスカルラッテイ。


3年前に、

blogで「自分があるように」と言うタイトルで、猫のフーガを投稿済ですが。


もう一つ想い出すのは、


かれこれ24~5年前に、

チェンバロ奏者N氏のご自宅にお伺いした時、

この曲を演奏させていただいたということ。


今を生かされている一人間として、

年齢を重ねてこれたことに感謝しています。



お聴きいただけると幸いです。



続くコロナで不安定な世の中ですが、

笑顔が絶えない一年に。



早く平穏な日常が戻りますように。



本年も、

どうぞよろしくお願い申し上げます。


Domenico Scarlatti:Sonata in Aminor k61






22.10.21

有り難いおと

 

久々の投稿です。

昨年より、世界的に、コロナと言う難に見舞われ、

ワクチン接種により、

感染者も徐々に減少傾向になり、

非常事態宣言も解除されました。


それでも油断はできませんが、

共に難を乗り越えていく。

生活に必要な外出以外は、まだ家ごもりのまま。


こう言う時期だからこそ、

自分の為の時間を作って、

自分の健康を守るのは大切ですね。


独りで、音を創る。書を読む。

某SNSにもUPしていますが、いつものスポットから天空を観る。


居心地の良い場所に居て、あれこれボーッとする。


嬉しい事に、

昨年から、私的に、

短所が長所になったことがありまして、有り難いことです。


考え方によれば、

いい意味で、表裏一体の短所or長所。


安心安全の、我が家にいるからこそですね。


ご覧くださる皆さま。

どうぞ引き続きお体ご自愛下さい。




YoutubeにUP致しました。

是非ご視聴ください。


F.Couperin: QUINZIÉME & ORDREより


「Le Dodo,ou L’Amour au Berceau」


   ねんね、あるいはゆりかごの中の愛し子:Junko Okabayashi






19.4.21

二つのGround

 



ご覧くださる皆さま。

いつもありがとうございます。


ご無沙汰致しております。

今年初めての投稿になりました。


昨年から、私的に賑やかな日々が続いている中で、


魂。精神。心。

音の表現。

自分を聴く。


祈りと、
バレエストレッチで身体とこころを整えて、

自分の中の声と音を聴く。

自分の心と直感に従う。


時代考証を超えて。

今回は、ヘンリー・パーセル(1659–1695)の、独特な音の世界観。


それぞれの作品の中で、どうやって無心で存在するか。出来るか。


You TubeにUp致しました。


リンクからご視聴いただけますと、幸いです。


Henry Purcell:

Ground in C minor ZD.221:Junko Okabayashi

儚い美しさ





Henry Purcell:

Ground in D minor ZD.222:Junko Okabayashi

祭壇を飾れ







29.12.20

モノローグの中の快のおと


 コロナのニュースが続いています。


私的に、

思わぬ多忙で、

ブログ投稿もままなりませんでしたが、、、


自分を守り、人を守る。

感染しない。感染させない。


用事が無い限り、外出自粛でステイホームです。

自分の身は、自分で守るしかありません。


今年の漢字は「密」ですが、

私自身は、「快」


自分自身、人混みは苦手です。

Go To〜は頭の中にはなく、

コロナ禍の中での弾きこもりが、快適と言う意味で。

それはコロナ前と変わりはなく、苦痛でもなく。

ひたすらマイペース。


その中で、揺るぎないこと一つ。


今回のコロナと多忙の中で、自問自答。


今まで考え、願っていた音の、心と想いが一致。

点と点が、線で繋がりました。


終息時期が想像できない上に、明日は我が身です。


まだしばらく緊張感を持って、

注視してまいりたいと思っています。


来たる新しい年。

皆が心地よくお迎え出来ることを願いつつ。



健やかに。穏やかに。

静寂な年末年始でありますように。

4.6.20

勿忘草



人の命のはかなさ。
人の命の尊さ。


2年ぶりに、
久々に車窓から観た真夜中の大好きな瀬戸内海。

コロナウイルスに寄る緊急非常事態宣言解除後の、
先月下旬から、1週間弱のうちに、大阪〜高知を3往復。


その3往復目の、
皐月の終わりと、水無月の始まりに…以前より病いに伏していた義兄を送りました。






ピアノ初級者に有名な、ドイツロマン派のリヒナーの作品を、


ドイツバロックのフィッシャーのパッサカリアと共に、
チェンバロで同時収録していた事をとても不思議に想います。


勿忘草の花言葉は、「私を忘れないで」
英語での花言葉は、「memories(思い出)」


memories...
哀しみではなく、
義妹として凡そ40年分の、楽しかったことを想い出しています。

私が奏したい「勿忘草」は、
悲哀ではありません。


義父、義母を...順番に一緒に天に送って2年目。




感謝します。




5.5.20

Stay Home.こころ聴きながら。



目に見えぬ新型コロナウイルス感染拡大防止対策で、
緊急事態宣言が発令されて3週間過ぎ、5月末まで延長されました。

自分のため。人のため。
移り、移さないように。

音のない音を心で聴き、眼で聴き、耳で聴き、音にする。


必要な音を与えられ、ずっと追い続けている私ですが。

J・C・F・FISCHER:Musicalisher Parnassus:
Uranie「Passacaglia」d mollをYou TubeにUP致しました。

おうち時間を楽しみながら愉しむ。穏やかに。

以前とライフスタイルは別に変わりはないのですが、
きっかけとタイミングが一致して、
自分の短所が、長所に働いてくれる嬉しいことが一つありました。

「おもい」「こころ」「ねがい」は人それぞれ。
皆さまの心に届くことを願いつつ。

早く日常の生活が戻りますように。

許されるお時間にお聴きくださいませ。








16.1.20

こころの琴線に触れるおと



遠慮なく。感謝して。

隠れ家もみの木のマスター亡き後、
ママと交流を続け、先日、献花を兼ねてご自宅に伺ってきました。








一生忘れることが出来ない御恩と、想い出の薫りと味。
コーヒーカップとソーサーのセットをお分けしていただきました。


ソーサーの絵はオルガン。もみの木のオリジナルカップです。


この店内での10年間のコンサート含め、
愉しませていただいたおよそ26〜7年もの長い歳月の中で、
バッハ好きだったマスターの言葉と、心の温もりを、目と手の届くところに。


家族たちからの嬉しいプレゼントと、
ママからもみの木のカップセットを譲っていただきました。

去った12日はMy birthdayだったのですが、
今年は、楽しい、ビックリな、思いもよらない
誕生日になりました。


現在はまだ閉店中ですが、
50年近くかけてマスターが築いた音の空間です。

その日は全くの未定ですが、
シターや、店内にあるスピネットで、再び音が喜ぶ日の光が見えてきました。


来たる春の教授方との会のバロック音楽プレゼンに向けての原稿作成。
また、読みたい書籍と、それぞれの音楽作品にリスペクトしながら、
見えない音のデザインに余念がありません。





2020年。年が明けました。
一月もはや半ばです。



申し遅れましたが、
本年もよろしくお願い申し上げます。

22.9.19

自分があるように



「Cat fugue」猫のフーガ。
ドメニコ・スカルラッティの5曲のフーガのうちの一曲。

子供の頃、
ピアノレッスンで学習したバロックは、
バッハ、ヘンデル、ダカン、ラモーetc.


その後、
チェンバロに転向する私のバロック人生の原点…
師匠に入門するキッカケをくれたのは、ドメニコ・スカルラッティ。



モダンからバロックの世界へと導いてくれたお仲人さんです。



そもそも何故D・スカルラッティが、
チェンバロ弟子入りのキッカケになったのか?
小学生時代に戻らないといけなくなるので省略致しますが。



久々に、
バッハと同級の、私の原点になったスカルラッテイに戻り収録。
You TubeにUP致しました。

バッハのフーガの技法繋がりではないですけれど、
そもそもフーガには、色々な風景、光景、景色、音があります。


音楽は言葉。
バロック音楽の自由度。
自分の音で自由に音楽を語る。
この齢になっても尚、現在進行中の我が身の人生経験をプラスしながら。
そして音の色気。


音とこころ。
自分を聴いて、自分にする。


いま…新鮮です。



ある日のネコ。
私は、その一匹のネコの目線から観た、
自由奔放で気まぐれなドラマチックな一日を追ってみました。


おはようからおやすみまでね。


感情は人も動物も、皆同じではありません。
大胆に。鮮やかに。華やかに。シンプルに。
シビアに。静寂に。時には怖いもの知らず?の音の色いろいろ。



お時間許されましたら、聴いてください。








因みに、

記事トップ写真の白ネコは、諸事情で、我が家に来損ねた美猫のメイです。

ただ今、息子宅で、

他のネコと一緒に、

マイペースで、グウタラで、いらん事をするネコに育っています(笑)

5.8.19

フーガの独り言



暑中お伺い申し上げます。

連日の猛暑、酷暑に見舞われています、、、久々の投稿になりましたが(汗)

ご覧くださっている皆さま、
お変わりございませんか。

いつもありがとうございます!

今、ママのVnお仕事の時に、
時折、下旬に生後半年を迎える孫娘と過ごす日を設けています。
要は、一言で言えば子守です(笑)

決まってその後に弾くのが、フーガの全曲ですが…
無邪気に、スムーズに音が進みます。不思議ね。

フーガの技法と言う対位法に取り組み、
バッハ自身から、演奏を許されるようになって今年で10年目!

神とバッハの一体化。
神の声を聴きながら、
薄暗い燈の中で、バッハが音を書き記していく様子が目に映る。

敬虔なクリスチャンで、家族思いだったバッハ。


全身全霊。
ありとあらゆる感情が、すべての音に潜んでいる。

そして、
彼自身の祈るこころが、上昇していくメロディと共に出現する。


後半に入って少し進むと、
練習の時も、コンサート本番の時も、パラダイスに差し掛かる、
そう感じるところがある。


いつもそこで、
こころ解放され、やっと自由になり、
最後は、シンプルに未完成のまま私はこの曲を弾き終える。

「こうしてはいけない」という、
絶対的基準と法則のない対位法...私のこころのトレーニングになっています。

私にとって、フーガの技法とは、
こころ、精神、魂を調和に導いてくれて、
精神統一をさせてくれているように感じる曲です。


スカルラッティ息子の作品でも見られるように、
それぞれに、それぞれの、色々な風景、感情のフーガがあっていい。


全然、頑張っているとは自分で思っていない。
ただ、フーガの技法そのものが、続けていくうちに、
いつしか毎日の生活の音のバイブルになって、身体の一部として、
溶け込んでいるだけ。大好きだから。


何でも好きじゃないとできませんやん?


自分の表現で音の構築をする。
そしてこの先も追及していくしかありません。


フーガの技法は、神の領域。おとに寄る聖書であるということ。



祈り。喜び。賛美して。
感謝と共に。


彼が愛した、熱くて、苦い、コーヒータイム。
今日は久しぶりに楽しめそうです。


新居で分けてくださったペチュニアも、
FBのお友達のアドバイスをいただき、続々と花を結んでいます。




暑さは警戒レベルです。
皆さま、どうぞご自愛ください。

22.3.19

出会いのおと



凡そ2か月近いご無沙汰致でございました。
その間、春の音も聴こえて来ました。


2月。
冬の終わりに、新しい生命に出会い、

3月。
昨日のことです。
タイミング良く、錚々たるメンバーさん達との親睦会での新しい出会いがありました。

身内の産後のサポートを終えたその帰路に、
嬉しいお誘いがあり、翌日、迷うことなく、
導かれるように、その会に出席させて戴きました。


名刺交換の時、引っ越して間もなくて、
私用で1〜2ヶ月ほど自宅を離れていましたので、
新しい名刺作成が出来ぬまま、即席の手書きになりましたが、、、(大汗)


親睦会では、
様々な分野のプロフェッサー氏たちのお話に耳を傾けて、
とても心地いい時間を過ごし、自己紹介を兼ねて、
それぞれの専門分野のお話を交えながら、安心感と心地良さの会でした。


今。これから。
自分に必要な時に、
必要なもの、人と出会わせてくれたと思います。


今年も多くの方々との出会いを願って。。。


      シターとチェンバロ。


    感謝して、

    じっくりマイペースで、

    導かれるおとと対話します。

13.7.18

フーガの本音



対位法という迷宮。

そこに至るまでの、迷路のような色彩豊かな音。

バッハは、聴いたときより、譜面を見ているときのほうが難しい、、、

でもその先、その奥に待っている音の広がり。

そして解放。音と旋律のパラダイス。
私を宇宙の音の遊びへと、いざなってくれる。導いてくれている。


飽きることのない追いかけっこ。
毎日、好奇心だらけ。面白い。


あっちこっちで、そのテーマを見つけて捕まえていくの。
一緒に遊ぶの。歌うの。


そうかと思えば、
えっ?!そんなところに隠れてたの?ずるい〜ってね(笑)


幼い頃のおいかけっこ...鬼ごっこに似てる。。。


時に、旋律と旋律が同じ線を描いたり、
また正反対の動きをしたり…絡まっている糸?を解きほぐしていく……


おいかけっこ...懐かしいなぁ。
今、それを音で遊んでる。


齢を重ねて、大人になって、もっと愉しくなった。


何故フーガの技法なのか。


15年前迄の10年間。
隠れ家もみの木で、My楽器を搬入して、毎年チェンバロコンサートをしていました。


いま15年振りに、もみの木の日として、
月一の割合で、何れかの木曜日に、シターとスピネットで、日本の作品Onlyで奏している老舗のバロック喫茶です。


忘れもしない、その前年の9年目のコンサートを終えたその日。


翌年の10年目のコンサートプログラムは何を弾こう?とふと思った時、

神さまが、
あとバッハが残ってるよね?弾いてないよね!10年目はフーガの技法!と、
耳元で穏やかに囁いたのです。


神さまはみていた!!!
青天の霹靂!
私のこころは大さわぎ(笑)


そして、まさかの展開!
終えた翌日から、もみの木での10年目コンサートに向けて、私のフーガの生活が始まりました。


その9年の間、私は、他のコンサートに於いても、バッハを弾けませんでした。彼の曲をまったく演奏していません。


その頃、
ある男性奏者さんから、
岡林さんはバッハを弾かれていないのですね。演奏されないのですか?と言われたことがあります(大汗)その通りでした。それも想い出の今は昔。


いま、日々の練習の中で、精神とこころの在り方を教えてくれます。


一言で言うと、ポリフォニー。
多声音楽が好き!と言うのを、神さまが気づかせてくれたのです。


それが、フーガの技法。


頑張っているのではなくてね。
自分を、フーガの技法に育ててもらっているような感覚。


別にバッハ弾きではない私を、フーガと言う名の宇宙に引き寄せられ、
夢中にしてくれているのです。


この年。初回は抜粋でしたけれど、オールバッハのプログラム。


人間ですから弱いです。いい時も悪い時もあります。でも、それじゃあダメなんですよね〜(汗)


気難しいけれどやさしいバッハ。
共通点は、熱くて、美味しくて、苦目のコーヒー愛飲家(笑)


当時、師匠からいただいた一枚のCD…


時折、
タチアナのピアノのフーガを聴きます。



この曲を通して神を賛美する。
祈りと安らぎ。感謝。喜び。永遠。



    もみの木から始まったフーガの技法。




    練習です。

11.5.18

あるがままの心で



昨日のこと。

凡そ、10年ぶりに、
コンサート用プロフィール写真の撮り直しをしました。

私の周辺がシンプルになったその間の5年。
ついこの間の2月までに、私と良人の両親を送りました。

特に親関係で、
医学・医療の世界の方々とたくさんの出会いを通して、
音楽観、人生観、価値観が見事に変わった後の、今までとは違う、楽しい撮影でした。


時折、
撮影時に発するphotographer氏の、「ちょっと待って!」と言う言葉。
インスピレーションが湧き出ている時。と感じました。

レンズの前で、自分を解放。

その度に、
思いもよらない、今までに見たことのない私が映し出されるのでした。
その中に、一番驚いている自分がいるのです。


私も練習している時、そう言う事が起きます。


インスピレーションと創造とそれぞれの感性。
音楽も、写真も、絵も、ファッションの世界も…


スタッフ皆さまのお陰で、ステキな日になりました。
ありがとうございます。


今日はバレエの予定でしたが、
許される時間まで、チェンバロを奏でていたいと思いました。


撮影にあたり、
photographer氏にお願いしたのは、「音が聴こえるように」


因みに、
私は、持参した二通りのお気に入りの衣装で撮影に臨みました。


写真は、SNS用の私です。

人は変えられる。変わると思いました。

完成が楽しみです。

7.5.18

喜色のおと


花が笑み、山笑ふ。

神の創造の美。
空の鳥。野の花。
自然の音を観て聴く。

微笑みからスタートしたゴールデンウイーク。
初日から、美しい花を観ました。



月日が経つのは早いもので、
ちょうどその日は亡き父の、4回目の命日。

その翌日、
共に憩う母たちの墓前で祈り、喜びを伝え感謝してきました。



それぞれの空では、美しい清らかな鳥たちのハーモニー♪

天と地。野と山で、
ありがとう!がこだまする平安なとき。

父を天に送ってから、
多彩で充実した、大賑わいのゴールデンウイークが続いています。
お休みなしです。

重ねて行く齢と共に、
素直なこころで 、笑みをこぼして行きたいと思います。


自然をこころで聴いた最終日の昨日。








やっとこの日。
自分をスローにして、

古都奈良の飛鳥で、
ママチャリを借りて、自然と歴史のウォッチング!












そして...
セントくんの隣で、額田王になりきってみました。


父と母も聴いてくれた、
チェンバロ、シター、スピネットの演奏も、
祈りと共に。静寂に。そしてカラフルに。


今年の長いゴールデンウィーク...

音に例えると、
古のおと、近代のおと、現代のおと、和のおとを感じ取ることができました。


いま、様々な念いが交差しています。



    音楽と同様。
    心身も緊張と弛緩を持って。

16.4.18

息づくおと



不思議な感覚のベールに包まれています。


デュルケンとタスカンの、
2台のチェンバロで練習している毎日ですが、
その周辺で、ふわっとした空気、温もりを感じるのです。


命ある楽器。
対話を続けている中で、まだ視ぬ音や言葉がやって来るのです。


楽器に魂は宿り、
人にも魂が宿っている。


両方の魂が一致して、一緒に歌っているということ?


神さまが近くで聴いてくれている?


穏やかな息づかいが同時に聴こえるのです。
まるで、神の世界に扉を開いてくれているように。


自身の練習は、必ず独りの時。
言い方を変えれば、私の孤高の時間です。
神との対話の時間と言うのでしょうか...
誰か一人でもいる時は、楽器に向かいません。

時間は、自分で作るもの。

そういう日は、戸外に出動です(笑)
遠出して、自然に触れて、
美しいものを観て、楽しい事を共有して、美味しいものを食して、いっぱい遊びます。
美術館に足を運ぶことしばしば。


以前、
「祈る。ということ」と言う記事を投稿致しました。


    音楽は祈ること。


楽器は、
こころと魂を表現するための、音を発していく唯一大事な手段です。


魂が宿る楽器を通しての、
私の祈りと感謝と喜び。


忘れてならないのは、楽しむこと。


感謝して音を創っていきます。


19.12.17

写譜から聴こえるおと




写譜が続いています。

音符たちが、対話を求めて語りかけてくるのです。


写経にも似た感覚です。
見たことはあるのですが、まだ未経験。
一度体験したく思っています。


視えていなかった音が、
写譜する事によって浮かび上がり、

一つずつの音を、
五線紙に埋めていく中で、絶対的に見逃せない音が出てくる。
音の区切り、曲の構成がつぶさにみえてきます。

作曲家ご自身のこころ。想い。願い。
それらを一つの物語として、音に託し、完成された作品ですから。

昨年と今年。
いただいていた弦楽器用の曲を、チェンバロ用に書き起こしたり…
鍵盤用の曲をシター用に...と。ひたすら写譜の多い年でした。

写真はその一部ですが。。。

これは、自分自身の為の写譜です。
生徒にも、写譜の課題を出すこともあります。


来年から、
隠れ家・バロック喫茶もみの木にて、
日本人による曲、童謡、唱歌など...日本onlyの作品を集めて、
シターとスピネットで演奏をしていく予定です。

ご尊老の皆さま。
コーヒー愛飲家の皆さま。
音楽好きの皆さま。

ぜひ立ち寄ってくださいね。

まだまだ知らない曲があります。
皆さまからの曲の情報をお待ちしておりますm(_ _)m


そして、まだ先のことで...これも来年ですが、
バッハと、それらの曲を選曲してのプログラム予定で、
11月にチェンバロコンサートを致します。


コンサートの詳細は、全てが整いましたら、
またご報告させていただきます。


聴いてください。




   まだまだ必要になれば、

   写譜を続けます...^^

14.10.17

久遠の世界


少しずつ秋深まる風の香...

暑かった夏の終わりに、
新しく迎えたクラヴサンで、一曲収録しました。


私に与えられたタイトルは、

          「慈しみ  Itsukushimi」


ソロコンサートでは、度々演奏させていただいている曲です。


懐い、憶うこと。
la mémoire éternelle.


原曲は、ダミアン・原田作曲の「久遠 (くおん)」
23年前に作曲された20世紀の現代曲です。

無窮、悠久の世(とき)

永遠から永遠。

   ぜひ聴いてください。





The picture is a calm sunset of the Seto Inland Sea.

A silent word and a memory in my heart.

2.9.17

私と、デュルケンとタスカンと。


既にあるデュルケン・チェンバロが完成して32年目の今夏です。

その今夏に、
我が家に、アラサーのタスカンが加わりました。

去った6月の初対面で、
この子は絶対うちに来る!と直感!

クープランと、
師匠の曲で音出しをした時、1小節弾いたところで、
不思議な感覚に包まれたのです。

タスカンと私の魂が一致。

1751年・デュルケンはシンプルでシビアなおと。

対して、P・タスカンの低音は豊か。
高音は、エレガントで華やかな響き。

1769年のこのフレンチも個性が強そうで…
どちらもダブル鍵盤のこの2台で、響かせ方、タッチ、音色の変え方等、
チェンバロならではの技法と感覚が、更に高められるように。

デュルケンで、フランスものを弾けない訳ではありません。

…が、
タイプが違うと、同じ曲でも違和感があります。違うのです。

楽器は一心同体。
感謝と喜びを、共同で奏でていきたいと思います。

音を育てていくのも楽しみです。

人にも、
必要な方との出会いがあるように、この音も、私に必要なおと。


神さまのご計画に従っていきます^^

20.1.17

久々に自分メンテナンス



大寒ですね。

今日の空はしょっちゅうご機嫌ななめ。なかなか一筋縄ではいかない関西です。
厳しい寒さは相変わらずですが。

お休みしていたバレエ・・今日7か月ぶりの自分メンテナンス。
体がきしんでいるのがわかります、、、

少しでもしなやかさを取り戻すため、全身調律をしてきました。
楽器も調律をしていないと、調和のとれたいい演奏ができません。

最初のストレッチの時に、流れてくるピアノ音楽に合わせて
身体が動いてくれたのでちょっと安心しました。

全身の筋を伸ばす・・とても気持ちよくて、こころも解放されます。
何より、手も足もいろいろなポジションを必要とするので全身ポカポカ。

今日は
Pas De Bourree(パ・ド・ブーレ)を重点的に。


先週、一つ年齢を重ねたのですが、
自分に可能な限り、齢に逆らっていこうと思っています。

チェンバロやシターで楽器に向かって椅子に座ったら、
そのまま座りっぱなし。孤独に音を創る作業が続く毎日です。

指は楽器を奏するときに使いますが、それ以外で普段使うことのない筋肉や力を使うので、
運動不足の自分には効果絶大!(大汗)


ときには、クラシックに自分を表現してみる...

久々にお会いした先生とバレエマダムたちから、強力な刺激をいただきました。







いま、音の多様性をおもう中にいます。



14.8.16

スピネット調整


いまのうちに、スピネットの数カ所のジャックとプレクトラムの調整。

ついでに調律。









再度調整した音を確認する為、
私にとって、いま一番身近な曲・バッハのBWV1080。フーガの技法。
その中からコントラプンクトⅠの単純フーガを録音してみました。

何度かフーガの技法を
チェンバロとピアノで全曲演奏させていただいているのですが、
実は、自分の奏でるフーガを録音するのも、
聴くのも初めてです。

録音して自分の音を聴く・・これは大切ですね。
聴いて良かったです。いい音、鳴り始めて、また少し落ち着いたと思います。

昨年、4年越し?での大修復を終えたあとのスピネット。
コンサートでも活躍してくれています。
少しずつ調整を加えながら、もっともっといい音に整えていきますね。


録音したビデオは、PCに入れました。

いま、聴いています。

4.1.16

多彩なおと



好天気に恵まれた新年もはや4日目。
生徒さんのレッスン初めでした。

申し遅れましたが、あけましておめでとうございます。

毎年の如く、
新年礼拝で讃美と祈りと共に一年が始まりました。

新年早々から2日目、3日目と
いろいろな場で、いろいろな分野の方々と多彩なおとに触れています。


分野を越えてありがたく感謝な気持ちでいっぱいです。


昨年の母の老人ホームコンサート後から、
数あるシターの課題曲練習と、こころに示されたチェンバロ曲の改めての譜読み。
バッハももう一冊用意。二冊の音を観る。

娘がプレゼントしてくれた、
チェンバロ用とシター用の手作りの譜面隠しも出番を待っています。









これからシターやスピネット、チェンバロのコンサート時に活躍します。



母とも日々共演中の今。
様々な「おと」に触れ、寄り添って、与えられる自分でありたいと願っています。



少しずつ、少しずつ
奏していきながら何かを気づかされる年に。