15.11.19

バロック喫茶もみの木・感謝と待望



先日、
久々に、隠れ家・コーヒーとバロック音楽の喫茶もみの木に行って参りました。

マスターの奥さま(ママ)とお店で待ち合わせをして、
ご自宅に伺い、御霊前に献花をさせて戴きました。

人の命は神のもの。
遺影を前に…安らかに。ただただ感謝するのみ。

私が大阪の父と慕っていたマスターが、
今春、天に召され、お店は10月1日をもって閉店。
先日のママ(大阪の母)とのお話の中では、新たに開店の可能性もあると言います。

ご近所やご遠方のファンの方たちからも、お問い合わせが絶えない現在。

しつこいようですが(記事は投稿済)
わたくし自身、ちょうど30代半ばから10年間に渡り、
年に1〜2度もみの木でもチェンバロコンサートを開催し、
近年では、スピネット、シター演奏もさせていただきました。


今想えば、楽器と客席が近くて、
精神的、音楽的に鍛えられた場です。


10年目のプログラムは、その間、演奏していなかったバッハ。
いきなりのフーガの技法の抜粋を始めとしたオールバッハプログラムでした。


その後、フーガの技法は、全曲リサイタルなど、
抜粋と合わせて今までに5公演の経験を重ねる事ができました。


フーガの技法が始まったのはもみの木からです。


至極残念ですが、
再開の折には、昨年諸事情終えて5年振りとなったリサイタルの特に2部で演奏した曲をお贈りしたいと言う旨をママにお伝えしておきました。


マスターとママと私…家族ぐるみの交流をさせていただき、
演奏期間を含め、凡そ30年の時を経て、共にグレイヘアに変身。



互いにこころ解放。自由。
ママとの穏やかに、愉しい時間でした。

バッハ好きが高じて、
バロック喫茶「もみの木」を開店されたマスター。


49年前に大阪で開催された万博で、
ブリティッシュコロンビア州館で使用されていた高さ約50mの巨木もみの木が、
人生転機となり、喫茶店のカウンターに形を変えて、
美味しいコーヒーと共に温かく迎えてくれていた、
誰もが知る老舗の有名喫茶店です。



喫茶店再開。
昨年11月のチェンバロリサイタル前に、
既にマスターからお店の存続の件と、
スピネットをどうするかと言うご相談を受けていたわたくしです。


心からそれを期待し、
微力ですがお手伝いさせていただきたく思い、願っている現在です。



まだ終わった訳ではありません。
マスターのイケメンな遺影を前に、


感謝すると共に、
再開を心から待ち望み、ありがとうございましたと。
またお話をしに伺いますから。


22.9.19

自分があるように



「Cat fugue」猫のフーガ。
ドメニコ・スカルラッティの5曲のフーガのうちの一曲。

子供の頃、
ピアノレッスンで学習したバロックは、
バッハ、ヘンデル、ダカン、ラモーetc.


その後、
チェンバロに転向する私のバロック人生の原点…
師匠に入門するキッカケをくれたのは、ドメニコ・スカルラッティ。



モダンからバロックの世界へと導いてくれたお仲人さんです。



そもそも何故D・スカルラッティが、
チェンバロ弟子入りのキッカケになったのか?
小学生時代に戻らないといけなくなるので省略致しますが。



久々に、
バッハと同級の、私の原点になったスカルラッテイに戻り収録。
You TubeにUP致しました。

バッハのフーガの技法繋がりではないですけれど、
そもそもフーガには、色々な風景、光景、景色、音があります。


音楽は言葉。
バロック音楽の自由度。
自分の音で自由に音楽を語る。
この齢になっても尚、現在進行中の我が身の人生経験をプラスしながら。
そして音の色気。


音とこころ。
自分を聴いて、自分にする。


いま…新鮮です。



ある日のネコ。
私は、その一匹のネコの目線から観た、
自由奔放で気まぐれなドラマチックな一日を追ってみました。


おはようからおやすみまでね。


感情は人も動物も、皆同じではありません。
大胆に。鮮やかに。華やかに。シンプルに。
シビアに。静寂に。時には怖いもの知らず?の音の色いろいろ。



お時間許されましたら、聴いてください。








因みに、

記事トップ写真の白ネコは、諸事情で、我が家に来損ねた美猫のメイです。

ただ今、息子宅で、

他のネコと一緒に、

マイペースで、グウタラで、いらん事をするネコに育っています(笑)

5.8.19

フーガの独り言



暑中お伺い申し上げます。

連日の猛暑、酷暑に見舞われています、、、久々の投稿になりましたが(汗)

ご覧くださっている皆さま、
お変わりございませんか。

いつもありがとうございます!

今、ママのVnお仕事の時に、
時折、下旬に生後半年を迎える孫娘と過ごす日を設けています。
要は、一言で言えば子守です(笑)

決まってその後に弾くのが、フーガの全曲ですが…
無邪気に、スムーズに音が進みます。不思議ね。

フーガの技法と言う対位法に取り組み、
バッハ自身から、演奏を許されるようになって今年で10年目!

神とバッハの一体化。
神の声を聴きながら、
薄暗い燈の中で、バッハが音を書き記していく様子が目に映る。

敬虔なクリスチャンで、家族思いだったバッハ。


全身全霊。
ありとあらゆる感情が、すべての音に潜んでいる。

そして、
彼自身の祈るこころが、上昇していくメロディと共に出現する。


後半に入って少し進むと、
練習の時も、コンサート本番の時も、パラダイスに差し掛かる、
そう感じるところがある。


いつもそこで、
こころ解放され、やっと自由になり、
最後は、シンプルに未完成のまま私はこの曲を弾き終える。

「こうしてはいけない」という、
絶対的基準と法則のない対位法...私のこころのトレーニングになっています。

私にとって、フーガの技法とは、
こころ、精神、魂を調和に導いてくれて、
精神統一をさせてくれているように感じる曲です。


スカルラッティ息子の作品でも見られるように、
それぞれに、それぞれの、色々な風景、感情のフーガがあっていい。


全然、頑張っているとは自分で思っていない。
ただ、フーガの技法そのものが、続けていくうちに、
いつしか毎日の生活の音のバイブルになって、身体の一部として、
溶け込んでいるだけ。大好きだから。


何でも好きじゃないとできませんやん?


自分の表現で音の構築をする。
そしてこの先も追及していくしかありません。


フーガの技法は、神の領域。おとに寄る聖書であるということ。



祈り。喜び。賛美して。
感謝と共に。


彼が愛した、熱くて、苦い、コーヒータイム。
今日は久しぶりに楽しめそうです。


新居で分けてくださったペチュニアも、
FBのお友達のアドバイスをいただき、続々と花を結んでいます。




暑さは警戒レベルです。
皆さま、どうぞご自愛ください。

18.4.19

夕焼けの記憶



輝く夕陽を観ると、心が震えます。感動します。

昨夕は、美しさと不気味さの紙一重の天空でした。

よくFBやその他SNSでUPしていますが、
何故こんなにも夕空を追っかけるのだろう。。。



遠い記憶を辿ってみました。
脳裏に浮かんでくるのは、
幼い頃、父母に連れられて、よく一緒に眺めていた事を想い出すのです。


目前に見えるのは父母の背中。

私の夕焼け好きは、亡き父母が遺してくれたものだなとつくづく。

母は、編み物の専門家で、
コンクールに出品して賞をもらったり...
自宅や、編み物学院での仕事を終えると、
お空がご機嫌の良い日は、天空を観によく連れ出してくれました。

その当時、
子守りさんをしてくださっていた女性も、
たまに一緒に観ていた記憶があります。


幼稚園に通園するようになってからは、
必ず、お家で私がピアノのお稽古を先ず終えているのが条件でした(笑)


そんな母の影響がいつの間にか私に!
ピアノも弾き、教会の礼拝で、毎週賛美歌の伴奏もしていた母です。


私は、編み物の才能が無くて、
母からは、たった一度きりしか教えてもらえませんでしたが、、、


美しい夕陽を見る度に、
父や母が背負ってくれて、又おてて繋いで、陽が沈むまで…


齢を重ねて、
輝く夕陽に出会うと、その時の温もりを感じます。

何処に行っても、車中の人でも、
一日の終わりを迎え、愉しむこと。感謝すること。


私の夕焼け好きはここから。
有難いですね。



今日も観られるといいですね。

全ては、
私の音の練習次第です。

4.4.19

時がすむところ



転居して、
私的事情があって、中々、顔を出せずにいる隠れ家。

弾きこもるだけではダメだめ!!(笑)

近くに所用が出来たので、
久しぶりにマスターのエッグサンドランチを食べたい!と思っていたけれど、
ここしばらくはお休み中のもみの木です。

ここでいつもの席に座ると、自宅のリビングのような安心感があります。


今日は、
シターのレッスン帰りによく寄っていた喫茶店で、
サンドとコーヒーをいただきました。










マスター一押しのコーヒーを当分いただけないのは残念だけれど、
行くと音楽話で盛り上がり、時が住み、時を忘れる、
私の応接間と化してしまうのが玉に瑕(笑)


どちらのお店も、美味しくて、自然光が店内を照らしてくれます。

そんな帰宅後、美しい天空の終わり支度を見せてくれました。


私は夕焼けをよく観ます。
朝焼けもいいけれど、夕焼けLOVEな私です。
空を観て、何か考えたり、想い出だしたり、反省したり…思考と感謝のひとときになります。


転居してまもなく4ヶ月。
今まで見たことのない彩りの自然光が、
お空がご機嫌な日は、お部屋の中が紅く、朱色に染まり...




このような日は、光の額縁が壁に映し出されます。
光と影を見ると、ホッと心が落ち着きます。



音と共に、私が最も望んでいるのは、

        そこに時が住んでいること。


自然に勝る美しさは他にないですよね。


自然光は気持ちいいですね。
季節が進むにつれて楽しみです。

自分にとっては、雲の形も一つの画。
どちらも贅沢な、光の一人museum。


麗らかに。
はる〜〜〜!って叫んでいるようでした(*^_^*)